2008年06月21日

締め出し喰らって号泣す!

08-06-21.jpg
 先週末、家に荷物が届く予定があったので、私はフィットネスの予定を返上して早めに帰宅した。
 いつもの様にクルマを停め、テケテケと玄関へ向かった。で、鍵を開けた訳なのだが・・・”ガツっ!”。内から、ロックのレバ−が掛かっていやがる。私は、舌打ちしながらチャイムを押そうとしてハタと気が付きそして、愕然としたのである。この日、家人は仕事が夜勤で、既に出掛けた後なのである・・・ガレ−ジのリモコン・シャッタ−から・・・。
 普段、私はガレ−ジを家人に譲り、専らバイク時のみ使用している。故にリモコンはウエスト・ポ−チの中であり、ここに私の締め出しが確定したのである。
 頭に血が上り、猛烈に腹が立った。年に何回かは喰らうこの所行。しかし、その殆どは家人の在宅時であり、チャイムを鳴らし中から開けさせる事で済んだ。その度に、平気で鍵を閉め忘れ外出するクセに、変な律儀さでロック・レバ−を掛ける悪癖を叱った。今回は、シャレにならん。腹が立ったのは、こんな具合だからなのだ。仕事中は携帯を外しているらしく、繋がる気配は一向に無い。怒りを増長させる留守番コ−ルのアナウンスに辟易しながら、罵詈雑言をメッセ−ジとして吹き込んだ。
 人間、腹が立ち過ぎると頭の回転が鈍る。
私は取り敢えず、行きつけのコンビニで軽い夕食を取った。そして、人気のない社の駐車場へ戻り、星空を見上げたのである。真っ赤に加熱した脳内CPUが出した結論は、”車中泊か漫喫”しかない、と言う体たらく。飲んでもいないのに車中泊でもないし、漫喫で得体の知れない連中をと夜明かしなんてもってのほかだ。そこから煙草半箱を空にして漸く、”ビジネスホテルにでも泊まろう”と言う現実に目覚めたのであった。
 そのホテルは、私が今の社に入る遙か以前、別の社の仕事に故郷から通っていた当時に、よく利用していたのである。否、”利用していた”とか、”定宿”のレベルではない。月曜の朝、高速を使い仕事に赴き、夕方にチェック・イン。金曜の朝、チェック・アウトを済ませ、翌週の予約をして仕事。で、残業後に、高速で故郷に帰る。まどろっこしい、つまりは、週単位で長期出向をしていたのである。バブルの絶頂期、外注の宿泊費を払ってまで、先方は”手”を欲しがっていた。
 尤も最初は、そこの社の社員寮を使わされた。が、三交代勤務の連中が未明に帰って来ては、私の部屋の前の自販機で派手にジュ−スを買ったり、隣の部屋に居る管理人の倅が、明け方からドライヤ−の轟音を響かせたりするのに業を煮やした私は、”そんな扱いを受けてまで、そこの仕事はしたくない”、そう自社に直訴した。そんな贅沢が言えたのも、世間全体がバブルの泡で見通しを無くし、”全てが金で解決出来る”、との空気が蔓延していたからに他ならない。まぁ、その時の頑張りが認められ、後に”ピン”になってからも可愛がって貰えた訳だ。一時期、良い目を見させて貰った。参考までに、管理人の倅は坊主頭だった。
 今やすっかりと様変わりし、飲屋街に埋もれたそのホテルのフロントに訊ねると・・・

F:『 シングルで宜しゅう御座いますか? お煙草は?』
C:『 悲しいかな連れは居ないし、ガタイはご覧の通り
   一人前で、特に今日は煙草の本数が増えるでしょうな 』

 その狭さと変わっていない内装が、郷愁を誘う。
 当時、勤めていた故郷の会社は、食物連鎖で言ったら”ミジンコ”級だ。資本も経営者の発想も、である。社員が出向で拘束されている以上、毎月の纏まった工賃収入が約束される。にもかかわらず、不自由な暮らしに対しての手当が無かった。”自宅であろうと外泊先であろうと、暮らしに掛かる費用に変わりはない”、と言う理屈だ。ふざけるな! 実家に居た私は毎月、纏まった額を母親に上納して居り毎日の夕食に代金なぞ払っていないし、”行ってくれ”と言われたからこそ、こんな所まで来て仕事をしているのだ。続ければ続ける程、持ち出しで赤字になるので、私はこれを盛り込んで作戦を練り、仕事の存続を掛けて出向先の会社と直接、交渉した。結果、”手当分”を工賃に上乗せさせる事に成功した。の、ハズなんであるが社は、盛り込まれた手当分を支給しなかったのである。体の良い工賃アップに、私が加担してしまうと言う皮肉な結末になってしまった。
 ブチ切れた私はその顛末を、このチンケな会社を飛び出すきっかけとする事とした。水面下で歯を食いしばり約2年、出向生活を続けたのである。そして一番、忙しい時期を見計らい、出向先の会社に全てをブチまけ、リタイヤを申し出た。”卑怯”とも取れるこの戦法だが、そうまでしなくては個人が組織とは戦えぬ。それに、誤魔化しは一切、していない。十分に同情を買い”ヒ−ロ−”となった私は、出向先の会社をクライアントとしたまま、晴れて”ピン”になったのであった。全てのお膳立てを済ませた私は、自社を辞める時のシナリオを考えた。恨みは晴らす!
 それまでの全ての経緯と結果、又、同僚達から託された不満の数々を、私は愚社長にぶつけた。当然、”手当の件”は筆頭だが、別に入手した情報も含め、完膚無きまでに叩き潰してやった。”地方競馬の馬主”、などと言う道楽に我々が稼いだ工賃を注ぎ込んでいた事実がバレている事を知らされるに至り、その社長は土下座した。知るか!
 私が先鋒となって、残る同僚達はあとに続いたのである。実に、当時の社員の9割が、それから次々と辞めたそうだ。その殆どが、各自のクライアントとの関係を継続させたまま、だ。如何に個人が信用され、会社自体はそれを失墜していたかが窺えよう。あぁ・・・こんな事を書いていたら、気が滅入って来た。つまりは、その虐げられていた当時、不思議とその部屋の狭さに気が休まった事を懐かしく思い出したのである。
 家人から連絡が入ったのは、休憩時間と思しき22時過ぎ。”自分は出られないので、これから鍵を取りに来い”、と言う。罵るだけ罵り、携帯を叩っ切った。
 ”呑まずに居られるかぁっ!”的な気分であったが、時間が時間だけに仲間も呼べず、独り飲みも又、時間を持て余すであろう事は目に見えている。予備の煙草も無い事に気が付いた私は、駅前のコンビニへと買い出しに出掛けた。乾物やら何やらとビ−ル、酎ハイなんぞを買い込む。レジの兄ちゃんが、190cmはあろうかと思われる西洋人なのにはビックリ!
” 137エンのお釣りデぇす! アリガトゴザマシタ!! ”
と言われ・・・
” せ、センキュ〜 ”
と、答えてしまった己に自己嫌悪だ。ベッドの上で飲み散らかし、地震のニュ−スをぼんやりと眺めたまま、私はその姿勢まま眠りに就いた。

 バカが、今度は秋葉原に出現した。
自分のバカさ加減に愛想を尽かし、どうにもこうにも煮詰まった挙げ句、何の罪も無い人々を、最も卑怯な手で殺して回った。歩行者天国に、殺人目的でダンプで突っ込んだ。外道である。何の同情も情状も、酌量の余地が無い。そんなに自分が嫌ならば、生きているのが嫌ならば、無人島で勝手に死ね。否、それでは自然が汚れる。海で死ね。海も・・・困るか。
 警官に拳銃を向けられるや否や、簡単にホ−ルド・アップ。射殺されるなんて事は稀なのに、この意気地の無さは、何だ。刃向かえばまだ、外道なりの思いの強さは窺える。他人には簡単に牙をむくクセに、自身は数発殴られただけで”ゴメンナサイ”だ。後の公判では散々に言い訳するだろうが、この事実は忘れてはならない。”死刑は当然”、それでも奪った多くの命は還って来ない。癇癪に身を任せ、地面の蟻を踏み潰すガキとおんなじである。多少の金を持ち、思考するだけに始末に負えない。この様なクズが、今の日本にはごまんと居る。
 可哀想だが、この様な凶悪犯罪を犯す犯人の家系を遡ると、それを遺伝が引き起こすと言う事実が少なくないのだ、と何かの本で読んだ事がある。確かに、私はどんなに頭に来ても、怒りで血管が破裂しようとも、見ず知らずの人達を目掛けてクルマで突っ込む様な事はしないし、出来ない。衝動は、直接の相手に向かうだろう。一日も早い刑の執行を願う。今現在、抑止力としてはこれしか無いのだから。
posted by coji at 22:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2008年06月08日

梅雨ですが・・・

08-06-08.jpg
なにか?。

 最近というか、自分が歳を取っただけなのか、月日が経つのが早い ( - _ - ; )。
[ 7月上旬並みの暑さです ]
っとか天気予報で聞いても、” へぇ・・7月って、こんなモンだったんだ ”、万事がこんな感じ。で、梅雨ですよ。
 確かに雨は降っているが、仕事をしているウィ−ク・デ−など、外回りの人には同情するがどうでも良いし、週末が雨の予報でも、午前とか午後だけとかが多いのでイマイチ、気分が乗らない。窓外のテルテル坊主を恨めしそうに眺めながら、日差しの訪れを待ち望んだ子供時代が懐かしい・・・。その気になれば、予報が雨でもバイクに乗れない週末は無いが、せっかくの梅雨入りなんだから、とメンテと掃除に明け暮れている。この辺が、1ステ−ジ上がった'08年の私、過去との違いなのである。ま、無精なだけ、とも言うが。

 さて、懸案だった ” 人間ドック ”。
鬼門の腹部エコ−、今年は ” 嫌みなオッサン ” ではなく、麗しの女性技師だった。過去、何回かはあった。
 毎度、思うのだが、薄暗い部屋の中で ” 作務衣? ” の前をはだける。その上・・・

女:『 ハイ、お腹全体を診ます。チョット、下穿きを下げ
   ますね〜 』

なんか言われる。ウッカリすると身体が順次、反応し出す。

C:[ 間違えるなぁ〜、ここはそういう店じゃねぇぞ!
   堪えろ、My son!]

その過程を淫靡に感じるのは、私だけだろうか。
  何はともあれ、フィットネス効果で・・・

女:『 ここが膵臓で今度はハイ、肝臓を見てみましょね・・・
   チョット見え辛いですけど、分かりますか?』
C:『 去年は、” まっ白で見えない ”って言われたんですよ 』
女:『 アラ、運動の効果が出ているのかも知れませんねぇ 』
C:『 く、苦しんでますからね 』
女:『 これからも、その調子で頑張って下さい 』

 体重がナント、去年より 3.5kg 減!
二十年振りくらいに、70kg を切りそうな勢いなんである。ウエイトトレ−ニングで、筋肉を付けながらの減量なのでこれは結構、誇りである。握力は、両手が 60kg を超えた!これは、どうやっても挙がらないバ−ベルを握りしめるからである。その副産物なのであった・・・。
 目標は、” ただ者ではなさそうな後ろ姿に変身する事 ” と、” 十年来着けている OMEGA の SEA MASTER Pro が、小さく見える腕っぷしを作る事 ” 、だったりする四十五歳と四ヶ月。
posted by coji at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記