2008年10月23日

出稼ぎ生活と社の旅行・・・

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 以前より断り続けていた、顧客からのオファ−。このとろこの不景気風が吹き荒れる中、我が社もついに手のひらを返した。社員の出向・常駐をあれ程嫌っていた先代が隠居したので、ドライな当代は遠慮がちながらも、私を別室に呼んだのである。
 尤も、私とて社で惰眠を貪るのは本意ではないよ。それに、間接費が掛からない設計工数は全てが付加価値になるし、売り上げに貢献出来るとあっちゃあ、二つ返事で出稼ぎだぁいっ! ま、先様は一部上場企業だし、女子社員も多いのだよ・・・困るなぁ・・・いちいち断るのも悪いしなぁ・・・。

 ハイ。
で、そろそろ二週間が過ぎようとしている。業界にゲソ付けた頃から、外注生活には慣れっこなコッチ、プロは仕事の場所など選ばないのである。
 ま、仕事の話はさておき、久し振りに聞いたよ、” 給湯室での黄色い声 ”。いいなぁ・・・活気があって! 玄関からオフィスに行くまで二十回は返ってくるよ、” 黄色い挨拶 ”。楽しいなぁ・・・ここん家の子になっちゃおっかなぁ。当代からクギを刺されたのも、この点だ。
 こういう場合の常で、喫煙所や食堂のいたる所で、
[ 誰だコイツ?]
という ” 視線 ” を浴びる。スペシャルのネ−ム・タグを下げているのであくまでも視線だけなのだが、正直で宜しい! 私は、隅っこの方で慎ましやかにしながらも、” オレ様だよ! ”、との波動を送り威嚇しているのだ。社に戻ったら、株でも買おう。先代が言っていたが、これだけ付き合いが長い我が社の場合でも、インサイダ−にはならないのだとか。そんなこんなで、溜飲を下げよう。私も、大人になったものだ。

 で、旅行だよ・・・。
社の創立三十周年記念行事も兼ねているので、幹事のみならず皆、気合いが入っていたのである。引き合いに出された目的地は、北海道/韓国/台湾であった。
 事前のアンケ−トでは、北海道がブッチギリで圧勝。
他のアジア圏へ行ったって、行き帰りに時間が掛かる割に余りに目に入るものは代わり映えしないし、パスポ−トだって必要だ。その点、北海道は安心出来る。食は豊富だし何より、最悪は自力で帰って来られるしな。概ね、こんな感じ。
 結果、近年稀に見る ”最悪の行程 ” でした。
とにかく、時間に追われた。やれ遊覧船の時間だのロ−プ・ウェイの時間だのに追われ、おざなりな観光とバスの道中が続く。で、船が実は、他の団体と合同のチャ−タ−で当初、一時間半の遊覧の予定が一時間で終わってしまい、何の変哲もない土産物屋で長いインタ−バルを過ごさなければならない、とか。
 極めつけはバスガイドで、オバさんなのはまぁ仕方がないとしても、こォれが又よく喋るんだよ・・・。我々だって一応、分別のある大人だし、昼間から早々に眠りこけるつもりはないが、頭の上のスピ−カ−から響く声は止まることを知らない。自分だけかと思ったら周囲の同志も同じで、せめて後部スピ−カ−の音量は下げろとのクレ−ムが相次いだ。
 ただ、言っている内容は、スポット説明は勿論のこと、噂話や芸能ネタ、蘊蓄を含んだ話芸で、場所が場所なら、客を退屈させない資質を感じさせた。あのね、” 上沼恵美子 ”、あんな感じ。言ってる事は、面白い。如何せん、息つく暇も居ないんだこれが。で、自分でボケてツッこんで、そんで自分で笑っちゃうんだぜ。もう、二度と会うことはないだろう。

P.S
 行程表をみたコンパニオンは、” この日程、あり得ないべさ ”、と宣たことを報告しておこう。

 そして今、これを書いている私は、満身創痍なのである。
原因は、二日目の晩に催された大宴会。その後の二次会以降の出来事なのである。左足の太股に、青痣。右肘に、打撲と擦過傷。そしてハイライト、右の目尻には青タンを頂いている。
 二次会で入ったホテルのラウンジは小綺麗で、結構な広さであった。そしてそこには、強者の先達が居たのである。予め、言っておく。傷の数々は、これらの団体とは関係ない。私も大人だ。
 この団体が熟年グル−プで案の定、” カラオケ道場 ” 出身者と思しき面子がチラホラと。自らが歌い踊る、正にオ−ルラウンダ−の歌謡団だったのである。隣のボックスでそんなことをされちゃあ、我が社のレビュ−魂にだってスイッチが入ろうってもんだ。皆、声が枯れるまで歌い、燃え尽きたのは言うまでもない。
[ 氷、入れなくてもいいんすか?]
との若手の声を振り切り、私はウイスキ−をストレ−トで煽っていた。グラスに 2・3杯は飲んだが、意識は明瞭だったのである・・・この時までは。
 そしてそのあと、アレが動いた。
部屋に帰るエレベ−タ−を待っていると、” ゾンビ ” が出た! このゾンビは、足が速かった。” これでもか ”っちゅうほど耳をしゃぶられながら後ずさり、背後の柱に激突。応援のSWATに援護され何とか、部屋に帰った。
 帰ったら帰ったで、リベンジせねば気が収まらない私。
[ 絶対にゾンビを部屋に入れちゃなんねェ!]
との同僚の台詞を背中で聞いた私は、決死の覚悟で廊下へと飛び出したのである。ゾンビの居場所は、壁を通して聞こえる声で ” 隣の部屋だ ”、と確信していた!
 ネコ手でその部屋のドアをカリカリカリと引っ掻き、派手にドンドンと叩いてやった。耳を澄ますと・・・
[ ウぅルァァァァあ〜〜〜このオレを挑発する奴ァ・・・・・・・どいつだぁぁぁあっ!]
ゾンビ、着火である。心臓が喉から飛び出すほどの恐怖を味わいながら私は、一目散にエレベ−タ−へと走った。
 その手前の曲がり角へ滑り込み、身を伏せた。ゾンビは部屋を出て、周囲を睥睨している。その様子を、声を押し殺して笑っていた私は次の瞬間、飛び出しそうになっていた心臓が、今度は止まりそうになったのである。角とエレベ−タ−の間には大きな柱があるのだが、ナントその柱は、周囲が鏡張りだったのである。鏡越しに見ると、同じく私を見たゾンビが、サンバを踊りながら狂喜乱舞していたのであった。
[ キャアぁぁぁぁぁぁあ!!]
 ” このままではヤラれる ”、と思った私は、エレベ−タ−のボタンを押すのももどかしく、隣の階段へと駆け込んだ。で、最初の踊り場で、いつもの様に右手で手摺りを掴みその勢いを駆って効率よくタ−ンを敢行したのであ・・・タ−ンして・・・タ−ンし過ぎて止まりきれず、その下の手摺りに右目尻から激突。もんどり打って階下へダイブ!
ここで、私の'08年は終わった。

 その後、健気にも同僚の為にジュ−スを買い、瀕死の体で部屋へと帰還したのである。そして案の定、それからはトイレに駆け込むこととなった。
 腹も下し、後ろから前から ” 逆噴射 ” が続くので、便座に座ったまま立ち上がることが出来ない。様子を見い見いしている内、眠気が襲って来た。でも、この眠気がある程度続けば、ここから脱出することが出来るのだ。そんなことを考えている内、パンツをズリ下げたまま、” W字開脚 ” で眠りこけた。救急車の出動まで視野に入れた同僚に起こされるまで、私は沈黙を守ったのであった。
 翌日はその話で持ちきりで、尾ひれ背びれが付いてもの凄い事になっていた。そして皆、私の顔を見るにつけ絶句した事は、言うまでもない。
最低の旅行だよ・・・。
posted by coji at 21:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2008年10月03日

FANっ!

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 溜まっている代休をサッサと取り、秋の高原へと繰り出した。道連れは、” クルマ ”です・・・。
 納車前に営業氏にお願いしたのは、” 慣らしレシピ ” の伝授であった。エンジニア曰く、” 精度には絶対の自信があるので基本、必要ない! ”、だそうだ。言い分は、分かる。私も、その端くれだから。だが、そこを敢えて聞き出して貰ったところによると・・・

・しいて言うなら、1000km で十分!
・〜 200km → 3000rpm でシフトUP
・〜 400km → 3500rpm
・〜 600km → 4000rpm
・〜 800km → 4500rpm
・〜1000km → 5000rpm
・無駄なファ−スト・アイドルは不要。低回転で、クルマ
 ” 全体 ” を暖める
・エンジン停止時も、事前にク−ル・ランし、1分ほどのアイドル
 でタ−ビン保護は OK

これだけだ。
 若い頃の知識だとこれに、” 律儀なシフトダウン ” が入る。シフト・インジケ−タ−摺動部を慣らす為だけと思いがちだが、加速時と減速時ではシリンダ−内壁にピストンが及ぼす負荷の方向が違い、これを均等にする為なのだとか・・・。何となく説得力があるので、と言うか厳密に言えば ” あるはず ” なので以降、マニュアル車の場合は実践して来た。60km/h では 6 速まで入れ、信号の度に 2 速まで落とす。
 今現在は、4000rpm までの段階だが、イイ感じで各部の渋みが取れて来た。尤も、街乗りでは 4000rpm も必要ない。そんなに回せば、法定速度は軽く超えるので取り締まりがあったら即、お縄を頂戴するハメになる。
 このシフトは、定評がある。ジャ−ナリストの中には、” 世界レベル ” と評する人もいる。AT 生活が長かった私はイマイチ、ピンと来なかったが、今では分かって来た。OFF と ON には明確なクリック感がありその間を、” 冷めたバタ−を掻き回す ” 領域がある。そのバタ−の冷め具合が、” 半練り ” ほどの滑らかさになった。なるほど・・・。
 クラッチ然り。
決して軽くは無いそれは、繋がり方は素直なものの、リリ−ス・スプリングの具合に馴染めず、初期の渋みと相まってぎこちないチェンジが続いたのであった。まぁ、私がヘボなだけなんだけどね?大事にしようとするが余り、UP も DOWN も、途中で一回 ” 溜め ” を作ってしまう。これは昔、乗っていたオンボロ車の時のクセなのだが、それを体が覚えている訳だ。こうしないと、ギヤが鳴って次に入らなかったのさ。しかし、最新のパフォ−マンス・マシンは、ロ−なんてトルプルコ−ン・シンクロが入っているから殆ど無敵なはずなんだが。つまり、一連の連携が上手く行かず、しっくり来なかった、と。
 このクラッチも、ある所から ” えっ? ” と思うほど角が取れ・・・何と言うか、” もの凄い重たい物(トルク 43kg・m)を、コシのあるゴムで引っ張る ” 不思議な感じ。でもそれが、角が取れたのでスム−ズにいく。総評は、” コシのある剛性感 ” でしょうか。

 さて、ワインディング。
 ダブルウイッシュボ−ンのリアがなんとまぁ、良く粘る事。ショックは、目前のギャップを事前に知っていたかが如く、軽くいなしてくれる。事前に察知して居り、既に 2・3mm 動いていると、そんな風に思える収束感である。
 基本的に硬い足回りなんであるが、ダンパ−のこの初動が、極めて滑らかなのである。バイクなんかではこの効き目は覿面で、その代表格は ” オ−リンズ ” であろう。国産の OEM 品も結構、性能的には良い所まで行っているが、この最初の動き出しの部分が、未だオ−リンズに水を空けられているのであるらしい。以前の日記にも書いたので、興味のある人は見て下さい。純正の装着品を、劇的に変える魔法のケミカルがある。
http://virgin-sns.com/com/DRY_view.php?id=1497&uid=1168

 オドメ−タ−の所で任意に設定出来る上限回転数を、インジケ−タ−とアラ−ムに急かされながらシフトアップ。” マルチモ−ド DCCD ” を、好みの ” AUTO[−] ”にセットし、ひたすらフットレストで踏ん張りながらアクセルを踏む。

・AUTO
 全てお任せ。スム−ズな回頭性で始まり、後半はトラクションを
 掛け、切れのあるコ−ナ−リングを実現する。
・AUTO[+]
 [−]に対し、センタ−デフの差動制限を強めてより高い
 トラクションを掛ける。ややアンダ−気味になるが、脱出は
 速い。
・AUTO[−]
 AUTO に対し、センタ−デフの差動制限を弱めてよりシャ−プな
 回頭性をもたらす。オ−バ−気味かな?と思いかけるが、そうは
 ならない。

これらが無きゃ、とっくにクルクルと回っているだろう。245 を履くリヤが流れ掛けるがその度、クルマがトルク制御を掛け収束させる。上手くなった様に錯覚する。十分に車間を取っているのだが、決して煽ってなどいないのだが、厳つい顔のせいか前行くクルマ達はこぞって登坂車線へと非難して行く。
[ もう・・・ナンも言えねぇ・・・ ]

 ミシリ、とも言わない堅牢なボディ−を、コシのあるしなやかな足が支える。これはもう、買えないけど、アウディ−やポルシェなんか要らねぇ!値段、半分以下だしな。現に、スイスだかオ−ストリ−だかに、実に半分以上が SUBARU オ−ナ−の村がある。その全ての人と私は、同意見だ。
[ 半分以下の値段でこのパフォ−マンスが手に入るのに、アウディ−なんか買う必要がないでしょ? ]
手前みそだが、ホント−にいいクルマなんである!
posted by coji at 22:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記