2009年07月31日

神憑り

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誰しも、” 人知の及ばない者の所行 ” である、としか思えない体験が、ひとつやふたつはあるだろう。齢四十六の私には、今まででそんな出来事が、二度ある。
 
 一度目は、小学校の二・三年生の頃、朝の登校時の出来事だ。ご多分に漏れず私も、近所の子等と班を組んで登校していた。
 当時、私が住んでいたのは千葉県の或る新興住宅地で、田舎の面影を残しつつも、高度経済成長の波に乗り開発が盛んだった。一帯は、土地の形状を生かし、段々状の未着工の造成地が広がっていたりして、それはそれは起伏に富んだ、エキサイティングな様相を呈していたのである。比較的、古くから在った ” 上ん家の子 ” と新興の ” 下ん家の子 ” とで、地域紛争があったりしてね、まぁ闊達な子供生活を送っていた訳です。
 ある朝、いつもの様に集合場所で、皆でワイワイとやっていた。そこは高所の、山 ” 上 ” で、そこから盆地状の新興地域、” 下 ” を通り、反対側の丘 ” 上 ” の学校へと向かうのだ。私は確か・・・一人の女子をからかって、おどけていたりしていたと思う。典型的な ” バカ小僧 ”、としてな。
 そのすぐ先には、下へと降りるゴッツイ石段があった。今風のコンクリ−トなんかではなく、仏閣の参道にある様な、途中に踊り場を持つ、長く険しいヤツである。その際で私は、もう ” これ以上、無い ”、ってくらいの体でおどけていた。2ch なんかで、クマがおどけている AA があるでしょ?、あんな感じだったと思う。思い出して、自分でムカ付く。
 で・・・[ そう言ゃ、階段があったっけなぁ?]、と後ずさった足の下には最早、踏みしめるべき物体は無かったのである。頭から真っ逆様だ。途中、身体は綺麗にシンメトリ−を保ち、天地が逆転するのを見たのが記憶の最後。背負ったランドセルの中身をブチ撒けながら私は、何とも言えない心地よさに包まれた。起伏自体は感じるものの、その全てが柔らかいクッションで覆われた、今で言うアスレチック施設で遊ぶ感覚に似ていた。当然その間、一切の痛みなど感じなかった。
 その感覚に酔いながら、正気に戻ったのは踊り場に着地してひれ伏してからだ。子供の頃の記憶ながら、10m は落ちたと思う。茶化していた女子本人は元より、周囲に居た父兄達の皆が悲鳴を上げながら、呆然とする私に向かって駆け降りて来た。

『 もぉぉぉ〜っ! だっ、大丈夫なのぉぉぉっ!!』

最初に駆け寄って来た、誰かの母親に抱き起こされるも、私はただヘラヘラと笑っていたのである。変態小学生ではない! 余りの急な出来事に、気持ちの整理が出来なかっただけだ。驚きと、痛くはない不思議さと恥ずかしさとで、涎をダラっダラと垂らしていた事は告白しよう。
 
 C:『 うん・・・大丈夫。全然・・・痛くないです 』
誰母:『 えぇっ?! ほ、ホント?!』


皆に、ランドセルの中身を戻されたり頭を撫でられたりしながら、私は自身を見た。所々に砂が付いて、膝の頭を少しだけ擦り剥いている。武勲はそれだけだ。

誰父:『 って・・・びょ、病院行く・・か?』
 C:『 ううん、ホントに大丈夫。どこも痛くない 』

 現に私は、擦り剥いた膝にチョットだけ唾を付けて、皆と一緒にそのまま登校したのである。後に、居合わせた父兄から連絡を受けた私の母親が学校まで様子を見に来たが、その時の私は既に、” AA のクマ ” に返り咲いていたのだから。事が事だけに鉄拳制裁は喰らわなかったものの、” バカ野郎!” を含み散々に罵倒された事は言うまでもない。
 その後、後遺症も無く・・・いや、待て・・・こんなバイク買って、ここでこんな事を書いているのは、そのせいなのか?
まぁ・・いいか。これが、最初の出来事。

 二度目。ここで、バイクが登場です。
 高校も三年の時。ご多分に漏れず私も、学校に内緒でバイクに乗っていた。” SUZUKI の GT 380 ( サンパチ ) ” だ。
 夏のある日、中学時代の友人宅でダベった後、その内の何人かの仲間で、別の友人宅に行こう、と言う話になった。皆、それぞれの愛機に跨る中、一人がオドオドし出す。そいつは、同級ではあるものの、関係の薄いヤツだったのである。自らマシンを持たず、アソビのネタと女子のおこぼれを狙い、そこへ参じて来ているヤツだ。それが見え見えなので皆、” 半端者 ” として扱った。とは言え、今風に陰湿に苛めたりなどはしない。上州気質の私達仲間は、” 相手にしていなかった ”、のである。仮に、” M ” としよう。

M:『 あ、オレも行くよ 』
皆:『 ふぅん、ガンバレな 』
M:『 誰かケツ、乗せてってくれよぉ 』
皆:『 フン、知るかい!』
M:『 頼むよぉ・・cojiぃぃぃ・・・』

あんまり惨めに平伏すので、私はつい仏心を出してしまったのである。

C:『 メット、どっかから持って来いよ。で、どうなっても
   知らねぇからな!』

 道すがら、上州の空には見る見る内に暗雲が垂れ込めて来た。ついでに言うが上州は、関東平野の端に位置し、そこを吹き抜けて来た風が上毛三山の峰で急上昇する為、天候急変、激しい雷雨のメッカなのである。その雷鳴たるや激烈で、” ゴロゴロゴロ・・ドカぁン!”、なんてレベルではない。ボウリングのレ−ンに球を落とした様な ” タタぁぁぁ〜〜ン!!” と言う、鋭く強烈なものなのである。案の定、これはヤバイと引き返して来たものの、その真っ直中に捉えられてしまったのだ。
 天の底が抜けたのかと思えるくらいの激雨で、路肩の側溝と言う側溝からは雨水が吹き上げている。雨の飛沫と相まって道路は最早、その体を成していない。冠水寸前なのだ。暫くしてヒョウまで落ちて来て、買って間もないバイクのタンクを、容赦なく叩く。今思えば、途中で休憩して凌げば良かったのである。しかしその時、強迫観念に駆られた血気盛んな我々高校生は、そんな中を必死で走っていたのであった。自殺行為だ。

 [ ここ、そろそろカ−ブだったはず・・・]

そう思った時は既に、遅かった。前方、飛沫の向こう側に見慣れた洋品店が見えた頃には、私とマシンとタンデマ−はアプロ−チ・ポイントを過ぎた後だった。サンパチの、6 速から 4 速と、2 段落とすも、ツ−・ストのエンブレなど期待出来ない。愚かな事に、巡航時は 100 km/h、何とか減速した時が 60 km/h だ。何故、それが分かったかと言うと、ギア・インジケ−タ−とスピ−ドメ−タ−で、それを私は目視確認していたのである。人間は危機に瀕すると、全神経が危機関知に向けられるらしい。” 走馬燈の様に・・・”、と言うアレだ。そして私は、無意識に身構えた、のだと思う。いや、60 km/h で洋品店のショ−ウインドウに突っこむ。そう思っていたはず、かも知れない。
 コ−ナ−を直進する正にその時、路上で急停車する軽自動車が見えた。驚愕の表情で身を竦める、運転者の老人の顔まで見えた。そしてマシンは、私とMとを乗せたまま、その軽自動車のボンネットへと突っこんだのである。
 経験した事の無い衝撃を受け、私の身体はガス・タンクを越え前方へとズリ上がる。” 何か ” が私の背中を掠め、そのまま頭上を飛び越えて行った。そして、両脚の付け根をハンドルに捉えられた私は、軽自動車のボンネットに叩き付けられたのである。飛び越えて行ったのは、言わずと知れたタンデムしていた M であった。
 フロントフォ−クを無惨に曲げたマシンが、軽自動車のボンネットに突き刺さっている。その上に、私は覆い被さっている形だ。各部に、打撲系の痛みがあることと、愚かにも素手であった右手を少し擦り剥いている程度で、それ以外に大きな外傷は無い。両のステップにキチンと乗った足からは、靴が脱げていた。振り返ると、冠水した道路上を、ドンブラコと仲良く並んで流れて行くのが見える。次に、既に空白となったリア・シ−トを見た私は、後の人生が暗澹たるものになる事を憂いたのであった。
 と、クルマの背後から、聞き覚えのある声がした。

M:『 オぉ〜い coji、世話ねぇっきゃ?・・・』

何とあのMが、両手に自らの靴をぶら下げて、ビッコを引きながら歩って来る。

C:『 えっ! なんで、そっちから来んの?』
M:『 クルマの上、飛んでよ、一回転して背中かからクルマの
   屋根の上に落ちたんだよ!』
C:『 っそ?!』

ここに至り、” 被害者 ” である運転者の老人がクルマより降りて来た。私とMとの顔を見比べながら、キツネに摘まれた様な体で言う。

老:『 いや、アンタのバイクが凄ぇ勢いで突っこんで来た
   もんだからさ、おっかなくって止まってたのよぉ。
   でさ、” ドォォ〜ン ” と来たと思ったら、後ろの
   アンちゃんが飛んで来て、クルマの上へ落ちた・・・。
   大丈夫かよォ、しかし 』

確かに、クルマのル−フは緩やかに凹んでいる・・・。

C:『 そだ、怪我は!』
M:『 あ、うん・・・チット痛ぇけど、大丈夫だ 』
C/老:『 へぇぇ・・・』

 そこから先は、察して知るべし。
 幸いにも相手の被害者側は、運転者を初め同乗していたお孫さんも驚いて尻餅を付いたくらいで、怪我らしい怪我は無かった。大らかな事に、クルマさえ修理してくれたら、事を大袈裟にしたくない、と言ってくれた。
 ただ、愚かにも自賠責以外、保険に入っていなかった私は、当然ながら全額負担である。高校生の分際で、そんな力はあろうはずもない。今は亡き親父に土下座し、事も明るみに出ず、お陰で高校を卒業する事が出来た。
 これ又、幸いにもMは本当に大した事はなく、何十年か後の同窓会の二次会で、自身と同じくバツイチの同級生をクドいていた。これ以降、何があってももう、時効だろう。

 四十九日が過ぎ、入り盆も近くなったこの頃にふと、こんな事を思い出した。何かにつけ・・・

『 アニキはさ、色んな、凄ぇもんに守られてるんだよ・・・』

、とスピリチュアルにかぶれた妹に言われる。そう言えば都度、それなりにヤバイ橋も渡って来たが不思議と無傷で、こうやってバカな事をやって居られる。少しは感謝しなければイカンな、色んなものに。( - _ - ; )
posted by coji at 14:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント

こんにちは
なんだか想像したら 体中が痛くなりマシタ

ワタシは2Fから頭から転落したコトがありますが
ぜんぜん大丈夫だったわ(笑)
多分その頃から 変になったのかも知れません(苦笑)

Posted by XX at 2009年08月07日 16:17
こっ・・今晩は・・・

それは強烈ですね・・・
大丈夫・・・だったんですよね?
いやいや、それでねきっと、綺麗になったんですよ!(^_-)
Posted by coji at 2009年08月07日 19:49
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